スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「転機」

私の人生の転機について



最初の転機は14歳・・・父との死別


大好きな父が、48歳で白血病になり
約8か月の闘病生活を経て病気に負けてしまった。



本人には告知されていなかったし、私達も知らされていなかったので
病気を克服して、父は必ず家に帰ってくるものだと思っていた。

それまで引っ込み思案な性格で、人前で何か発表するとか絶対無理だったのに
父の葬儀が終わり 学校に戻った時には私の性格は変わっていた。



大好きな人を亡くす悲しみや 頼りにしていた人がいなくなる辛さ
泣いても泣いても 大好きな人は帰ってこないと知った14歳。



父の死の翌年、私達のチームが全国大会に行くことになり
夏休みも返上で、毎日休みもなく練習をしていることが嫌になって
ある日 部活をずる休みして友達と遊びに行ったことがあった。

遊んで家に帰ると「すぐに学校に来い」顧問の先生から電話が来て
私達が部活をさぼって 遊びに行ったことはすでに見抜かれていて

私を含め一緒に遊びにいった友達、体調不良で休みますと伝えてくれた
双子の相方までも きつーい叱りをうけ、鬼のようなシゴキをうけた。


鬼のようなシゴキが終わり 汗と涙と呼吸困難でふらふらになっていた時に
顧問の先生から言われた言葉

「父親がなくなったことは変えようがない。
 俺はお前の父親の代わりだと思ってお前を叱っている
 辛いことから逃げるな」

その時は「うるせー くそおやじ」くらいにしか思えなかったけど

昨日、同級生と話していて その話題になり
「あの頃は気づけなかったけど あの時のおやじ(顧問の先生)には「愛」があったね」
と、2人でしみじみとあの頃 おやじに反発していたことを懐かしんだ。



今、改めて思うこと

今でも おやじの言葉は私の中でちゃんと生きてるし
14歳の頃の私・・人生の転機に係る人や出来事に
「愛」があってよかったと思っている。


ちょっと長くなりそうなので 次の転機はまた今度!


 

今日もとてもいい天気です こんな1日に感謝


↓ポチっと押してくれると嬉しいです
にほんブログ村 病気ブログ 子宮がんへ

 
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
RSSリンクの表示
おきにいり
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。